例えばダストシュートを受け止めるごみの山の優しさに
それから道を遮るかわいこちゃんに
大変たくさんの女のひとが線路沿いを歩く天真爛漫
感化した日照りのように照ったレールを彼女たちは天真爛漫
ひまわり公園アジサイ田園色とりどりの声色に荒唐無稽
湿度の高い建物の外へ指先だけを出して確認する。全力の現実を
通り過ぎたひかりを抱えて駆けて駆けてハイヒールで
大音量を作ってしまって駆けていく
屋上まで上のほうでの天真爛漫まで
定時までに帰れれば
もうなんでもいいわ
そう咆哮しながら
上品に
映画レスラーを見たのはだいぶ前のこと。
見ていて、社会との接点を何で保っていけばいいのか考えさせられる。
まだ早いといわれるかもしれないが、もし万が一身体が動かなくなったとき
僕は何で人と社会とかかわっていけるのか。
今でさえ社会といかに距離をとることばかり考えているのだから
いざそうなったときに楽天的には考えられないだろう。
コミュニケーションのとる方法がたくさん増えていくのはいいことだと思う。
それに振り回されないように自分の手の届く範囲の関わり方どうしたらできるようになるのか。
それが僕のこれからの課題だ。
レスラーは題名の通り主人公がレスラーで、その主人公が過去の栄光とそれによって築いてきたプライドを今現状の環境とすり合わせていこうとする話。結論からいうと結局、すりあわないんだけど、じゃあ
僕は摺あわせていけるのかといわれれば、そんなことはないです。
でもやはり僕のすきな文章や舞台という表現で、自分が死ぬまで関わっていく必要のあるもの、向き合う必要のあるものとが摺りあって混ざり合えばいいと思う。
たとえ、手が動かなくなって文章がかけなくても僕は絶望をしたくないということ。
身体が動かなくてファインダが安定しないカメラマンもしかり、僕は見失いたくはない。
馬鹿らしいかもしれないが、出力する力がなくなっても、それを負力ではなく正力として捉えれるようになれたらどんなにいいだろう。
流されるままに生きて今も流転を繰り返しているけれど
やっぱり僕は「頑な」には、なりたくはないらしい。
自分の中で殺す自分を今後増やさないためにも頑張ろう。
まだまだ甘い。
もっと頑張れ、楽しめお前。
上空の寒気を浴びて今日の汚れを落とす静かはしゃべらないし動かない。
ガチャガチャ発語の製氷機だって軽くかわす退屈を。
錯覚が炸裂する毎日に歩んでいたら吸いこまれて
ダストシュートを終わりと呼ぶな。
二重に重なるテーブルに腕を腰かけ睡眠の人たちも
能面まじりで過ごすかな。
つっかえた貧乏が踊る。
ワルツを意味がわからず踊る。
音楽は必要か。
聞いてみたのに聞いてないよ。
もうばかか。
狂暴にも優しさがあればいいとヨドバシカメラで見つけたアイフォンに触れれば触れるほど自分が滑稽になっていく気がして枕の袂に散布する繋いだデータ手と手にわけはいりたいけどはなすと切れてしまうから入る隙を持たない
離したらすぐつかまえるならいいよ
むしろ離すことがなければいい
そういいそれを了解すると失敗がないようにと身体をわたしにすり合わせぐるんと上下左右を囲んだ。
隙がないように彼らは私に失敗がないように大丈夫だから支えてあげるからとわかってても嬉しい言葉をくれた。
でもわたしは繋がりたいから一人にならなきゃいけないとはなれていくアイフォンの電源をつけなおしたのです
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