ソロユニット"とりととら"の主宰・玉邑の日々
2010.10.04
いやはや終わりました。
今回はまぁうんふんといった感じです。
当分殻にこもります。
破る方法を探す。
TOPとかすぐ更新します。
あとバイトいかへんとお金ないから誰かパトロンになってください。
今回はまぁうんふんといった感じです。
当分殻にこもります。
破る方法を探す。
TOPとかすぐ更新します。
あとバイトいかへんとお金ないから誰かパトロンになってください。
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2010.09.25
→ 生きること
大野一雄さんを特集している現代詩手帖を読んでいると、
すごくほんとにすごく大野さんのすごさを感じる。
すごいという言葉が適切ではないと思うけれどなんといっていいのかわからない。
思いが出発点だということ。
思いを持つの自分一人ではできないということ。
誰かに伝えたいと思う気持ちは自分の思いがあってこそだと思う。
それをしたいのはそれをしたいと思ったからという言い方をよくする人がいる。
理由を目的と同じ感覚で扱っていうのはなんだかすごくへんな感じがしてしまう。
理由は思いであってほしい。
思いは自分以外何かがあって触れてこそ出てくるものだ。
けれど自分以外の何かは自分とはけしてまざらない。
身体は自分のものです。
目に見える限りで交わることはできない。
何かを伝えるのは交わることのできない現実とそれでも目に見えないものが交わっているという現実の矛盾が基本になるように思う。
それは頭が社会と馴染んで効率化していたらとても消化できないことだと思う。
消化しなくてもいいんじゃないか。
その答えを放り投げでもなく、ただ思考を停止させた受け入れでもなく
現実の思考の仕方と自然の成り立ちの両方で錯綜する自分を受け入れながらそれでもそれに飲み込まれないように何かを思い、表すことが生きるということなんじゃないかと思う。
指の先までしかない自分を過大、過小評価することなく思いを持ちたい。
思いを一言にしてしまうことは容易いから
その中で重なり合う層をちゃんと見る努力をしなければいけないんじゃないかと大野さんの言葉を読むと強く思える。
助けになる。
すごくほんとにすごく大野さんのすごさを感じる。
すごいという言葉が適切ではないと思うけれどなんといっていいのかわからない。
思いが出発点だということ。
思いを持つの自分一人ではできないということ。
誰かに伝えたいと思う気持ちは自分の思いがあってこそだと思う。
それをしたいのはそれをしたいと思ったからという言い方をよくする人がいる。
理由を目的と同じ感覚で扱っていうのはなんだかすごくへんな感じがしてしまう。
理由は思いであってほしい。
思いは自分以外何かがあって触れてこそ出てくるものだ。
けれど自分以外の何かは自分とはけしてまざらない。
身体は自分のものです。
目に見える限りで交わることはできない。
何かを伝えるのは交わることのできない現実とそれでも目に見えないものが交わっているという現実の矛盾が基本になるように思う。
それは頭が社会と馴染んで効率化していたらとても消化できないことだと思う。
消化しなくてもいいんじゃないか。
その答えを放り投げでもなく、ただ思考を停止させた受け入れでもなく
現実の思考の仕方と自然の成り立ちの両方で錯綜する自分を受け入れながらそれでもそれに飲み込まれないように何かを思い、表すことが生きるということなんじゃないかと思う。
指の先までしかない自分を過大、過小評価することなく思いを持ちたい。
思いを一言にしてしまうことは容易いから
その中で重なり合う層をちゃんと見る努力をしなければいけないんじゃないかと大野さんの言葉を読むと強く思える。
助けになる。
2010.08.28
ルデコの床が汚く味があって美しかった。現代詩手帖の投稿が載っていなくて憂鬱になる。
ネガティブに最近晒されて疲れがたまってるから気を付けないとね
明日から8連勤
感受性が乏しくなりつつある自分に仕事は多少酷だな。
騒がず時期を待て
ネガティブに最近晒されて疲れがたまってるから気を付けないとね
明日から8連勤
感受性が乏しくなりつつある自分に仕事は多少酷だな。
騒がず時期を待て
2010.07.31
→ 馴染
あなたと取り巻く環境に感謝感謝
例えばダストシュートを受け止めるごみの山の優しさに
それから道を遮るかわいこちゃんに
大変たくさんの女のひとが線路沿いを歩く天真爛漫
感化した日照りのように照ったレールを彼女たちは天真爛漫
ひまわり公園アジサイ田園色とりどりの声色に荒唐無稽
湿度の高い建物の外へ指先だけを出して確認する。全力の現実を
通り過ぎたひかりを抱えて駆けて駆けてハイヒールで
大音量を作ってしまって駆けていく
屋上まで上のほうでの天真爛漫まで
定時までに帰れれば
もうなんでもいいわ
そう咆哮しながら
上品に
例えばダストシュートを受け止めるごみの山の優しさに
それから道を遮るかわいこちゃんに
大変たくさんの女のひとが線路沿いを歩く天真爛漫
感化した日照りのように照ったレールを彼女たちは天真爛漫
ひまわり公園アジサイ田園色とりどりの声色に荒唐無稽
湿度の高い建物の外へ指先だけを出して確認する。全力の現実を
通り過ぎたひかりを抱えて駆けて駆けてハイヒールで
大音量を作ってしまって駆けていく
屋上まで上のほうでの天真爛漫まで
定時までに帰れれば
もうなんでもいいわ
そう咆哮しながら
上品に
2010.07.31
→ レスラー
映画レスラーを見たのはだいぶ前のこと。
見ていて、社会との接点を何で保っていけばいいのか考えさせられる。
まだ早いといわれるかもしれないが、もし万が一身体が動かなくなったとき
僕は何で人と社会とかかわっていけるのか。
今でさえ社会といかに距離をとることばかり考えているのだから
いざそうなったときに楽天的には考えられないだろう。
コミュニケーションのとる方法がたくさん増えていくのはいいことだと思う。
それに振り回されないように自分の手の届く範囲の関わり方どうしたらできるようになるのか。
それが僕のこれからの課題だ。
レスラーは題名の通り主人公がレスラーで、その主人公が過去の栄光とそれによって築いてきたプライドを今現状の環境とすり合わせていこうとする話。結論からいうと結局、すりあわないんだけど、じゃあ
僕は摺あわせていけるのかといわれれば、そんなことはないです。
でもやはり僕のすきな文章や舞台という表現で、自分が死ぬまで関わっていく必要のあるもの、向き合う必要のあるものとが摺りあって混ざり合えばいいと思う。
たとえ、手が動かなくなって文章がかけなくても僕は絶望をしたくないということ。
身体が動かなくてファインダが安定しないカメラマンもしかり、僕は見失いたくはない。
馬鹿らしいかもしれないが、出力する力がなくなっても、それを負力ではなく正力として捉えれるようになれたらどんなにいいだろう。
流されるままに生きて今も流転を繰り返しているけれど
やっぱり僕は「頑な」には、なりたくはないらしい。
自分の中で殺す自分を今後増やさないためにも頑張ろう。
まだまだ甘い。
もっと頑張れ、楽しめお前。
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