日常茶飯事 眠い身体 やる気だけが先走って 忍者ブログ
ソロユニット"とりととら"の主宰・玉邑の日々
2025.02.27
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2011.05.22
全身蕁麻疹が一週間ほど前に襲ってきて
救急病院にいった。
あれはなんだったんだろう。
身体についてそれからよく考えるようになった。
具体的に何を考えているかというと
身体をどうにかしようなんてどうしようもないんだ。とか
得体のしれないものだ。とか。
頭だけが先走って「疲れ」というものが「ダルさ」と混じり合っていたみたい。
メリハリのある生活をしなきゃ。
なんだかだらしないことが創作する人の特権みたいに感じてしまうけど
そんな感覚は学生時代で捨てなきゃいけなかった。
こだわりを持つってことについても大分前から考えてる。
凝縮することは凝り固まるわけじゃないんだ。
縮まることは固まるように感じるけど、もっといつもと同じ柔らかさと変わりないものだろう。
こだわることは認めること。
もっとうまく前ならいえたんだけど、ここ最近本当に頭を使っていないから言葉が出てこない。
説明っていうのは論理的なもんなんだろうから言葉をたくさん使えなきゃいけないな。
伝えることと説明することは違うんじゃないかって思うよ。

ジェスチャーでもわかりやすくするんじゃなくて絞って出てきた動きに伝わる要素があるんだと思う。
日々身体を動かしていて、自分はどこを見ているのか、全然思い出せない。
目が写しているものを見てるんではなくて、考えているんだ。というかその時自分自体がいないみたいな。
それって死ぬっていうのと似てる気がする。
ポっとそこにいて認識もしてない状態がなんだかぼーっとしてるって思われてるけど、
そこに自分の無意識が表れてるんだろうな。
それを意識するというより無意識だとわかっていればいい。
「死なない子供」の物と人の間の心臓みたいな感じで自分は宙に浮きっばなし。
多分それを脳みそに引きづりこもうとした結果が全身蕁麻疹だ。
身体は不思議っていう言葉が教育テレビっぽく聞こえるけど僕はそういう意味で使いたくない。
うまくいえないから何も言い換えれないけど、もっと地に足がついた語感です。
器なのか。なんか奇跡だな。
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